[編集] 政治 詳細はポルトガルの政治を参照 大統領を元首とする立憲共和制国家であり、20世紀においては戦前からの独裁制が長く続いたが、1974年のカーネーション革命により、独裁体制が崩壊。一時は主要産業の国有化など左傾化したものの、1976年憲法の制定により民主主義が定着し、さらに1979年の保守中道政権樹立以降、行き過ぎた社会主義を修正している。さらに、1983年に社会党・社会民主党の連立政権樹立以降、両党を中心とする二大政党制となっている。 [編集] 統治機構 政府は直接普通選挙で選出される任期5年の大統領(一回に限り再選が認められている)、議会の勢力状況を考慮して大統領が任命する首相が率いる行政府、任期4年の230人の議員で構成された一院制議会からなる立法府、及び国家最高裁判所を頂点とする司法府により構成されている。 大統領は首相の任命・解任、法律・条約への署名・拒否、議会の解散・総選挙の決定、軍最高司令官、非常事態宣言の発出等の権限を有するが、多分に名誉職的な性格が強く、ほとんどの行政権限は議会で多数得た政党から選ばれる首相が掌握している。 先物取引 [編集] 最近の政治状況 2005年2月の総選挙により、社会党が1976年の民主化以降初めて単独過半数を獲得。同年3月社会党党首ジョゼ・ソクラテスが首相に就任。 2006年1月22日、大統領選挙が行われる。社会民主党アニーバル・カヴァコ・シルヴァ50.6%の得票で当選。無所属で立候補した社会党マヌエル・アレグレ20.7%、社会党マリオ・ソアレス14.3%、共産党デ・ソウザ8.6%。 [編集] 国際関係 NATO、OECD、EFTAの原加盟国であり、1986年にはECに加盟した。現在はEU加盟国である。また、伝統的にイギリスとの関係が深く、現在も1373年に締結された英葡永久同盟条約が効力を保っている。また、EU以外ではブラジルやアンゴラなど旧植民地諸国と関係が深く、1996年にはポルトガル語諸国共同体を加盟国と共同で設立した。東ティモールの独立後は同国にさまざまな援助(特にポルトガル語教師の派遣)を行っている。 2004年時点でポルトガルは国内外で国際武力紛争を抱えていないが、1801年以来隣国であるスペインが実効支配しているオリベンサの領有権を主張している為、同国と対立している。 [編集] 地方行政区分 詳細はポルトガルの地域区分を参照 ポルトガルには、現在308都市4,261地区が存在する。その地域区分は、共和国憲法で定められているものと、欧州連合によるものが採用されている。 [編集] 主要都市 2000年時点の都市人口率は53%と、ヨーロッパ諸国としては例外的に低いため、大都市が少ない。多くのヨーロッパ諸国の都市人口率は70%〜90%(例えば、イギリス89%、スペイン76%)である。ヨーロッパにおいて、ポルトガル以外に都市人口率が低いのは、アルバニアやセルビア、スロベニアなどのバルカン諸国である。 リスボン - 人口57万人(2001年)。ただし都市圏人口は268万人 ポルト - 人口26万人。第2の都市 ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア - 人口18万人。第3の都市 コインブラ - 人口10万人 ブラガ ナザレ (Nazare) エヴォラ シントラ カスカイス サカヴェン ファロ - 南部アルガルヴェ地方の中心都市。  [編集] 地理 詳細はポルトガルの地理を参照 投資信託 ポルトガルの地図 アルガルヴェの海岸アイスランドに次いで、ヨーロッパ諸国の中で最も西に位置する。イベリア半島西端に位置し、国土は南北に長い長方形をしている。本土以外に、大西洋上のアソーレス諸島、マデイラ諸島も領土に含まれる。いずれも火山島である。アソーレス諸島は7つの主要な島からなり、首都リスボンからほぼ真西に1,500km離れている。マデイラ諸島は4つの主要な島からなり、南西に900km離れている。 ポルトガルの最高峰は、アソーレス諸島のピコ島にそびえるピコ火山 (Montanha do Pico) 。標高は2351m。富士山などと同じ成層火山である。本土の最高地点は北部に位置するエストレーラ山脈中の標高1991m。エストレーラとは星を意味する。 東部は山岳であり、西部に海岸平野が広がっている。ほとんどの山脈が北東から南西に向かって走っており、北部ほど海岸平野が少ない。主要河川であるテージョ川が国のほぼ中央部を東西に流れており、テージョ川を境として南北に山脈の景観が変わる。首都リスボンはテージョ川に河口部分で面し、最大の海岸平野の端に位置している。南部に向かうにつれて山脈はなだらかになり、丘陵と見分けがつかなくなっていく。ポルトには同国第二の河川であるドウロ川が流れている。このような地形であるため、規模の大きな湖沼は存在しない。全水面積を合計しても440km2にとどまる。 気候 本土は北大西洋に面しているものの、ケッペンの気候区分では、地中海性気候 (Cs) に属する。地域差は大きく、季節の変化も著しい。大西洋岸には寒流のカナリア海流が北から南に流れており、緯度のわりに気温は低く寒暖の差が小さい。夏は涼しく、冬は降雪を含み、雨が多い。年間降水量は1,200から1,500mmである。中部の冬期は北部と似ているが、夏期の気温が上がる。年間降水量は500から700mmである。南部は典型的な地中海性気候である。そのため、夏季の雨量が少なく年間降水量は500mmを下回る。ほとんどの地域で、夏季の気温は20度を超え、冬季は10度まで下がる。 首都リスボン(北緯38度46分)の気候は、年平均気温が21℃、1月の平均気温が11.2℃、7月は22.8℃。年降水量は706mmである。冬季の雨量は100mm程度だが、夏季は数mmにとどまる。 FX [編集] 経済 詳細はポルトガルの経済を参照 ポルトガルのコルク1975年に植民地を一度に失ったため、石油を中心とする原料の安価な調達ができなくなり、大量の入植者が本国に引き上げたことも重なって、経済は大混乱に陥った。 1986年のヨーロッパ共同体 (EC) 加盟以来、ポルトガル政府は金融・情報通信の分野を中心に国営企業の民営化を進め、経済構造はサービス産業型に転換しつつある。1999年1月にユーロ導入。2002年1月1日からEU共通通貨ユーロが流通している。2000年以降、GDP成長率が1%を割り始めた。一人当たり国民所得は加盟国平均の70%程度に止まる。 主要産業は農業、水産業、食品・繊維工業、観光。地中海性気候を生かし、オリーブ、小麦、ワイン、コルクの生産が盛ん。オリーブ油の生産高は世界7位。ワインの生産は第10位。第一次産業人口比率は12.6%。土地利用率は、農地 (31%) と牧場 (10.8%)。森林 (36%) も多い。また、エネルギー分野では代替エネルギーに力を入れている。電力消費の約40%は代替エネルギーでまかなわれており(2007年時点)、政府は2010年までに代替エネルギー比率を45%にする目標を掲げている[1]。また、波力発電のトップランナーを目指し研究を重ねている[1]。 鉱業資源には恵まれていないが、鉄、銅、錫、銀などを産する。特筆すべきは世界第5位のタングステン鉱であり、2002年時点で700トンを産出した。主な鉱山はパナスケイラ鉱山。食品工業、繊維工業などが盛んである。 2002年時点では輸出255億ドルに対し、輸入は383億ドルと貿易赤字が続いており、出稼ぎによる外貨獲得に頼っている。貿易形態は、自動車、機械などの加工貿易。主な輸出品目は、自動車 (16%)、電気機械 (12%)、衣類 (11%)。主な相手国は、スペイン(21%)、ドイツ(18%)、フランス(13%)。主な輸入品目は、自動車 (13%)、機械 (10%)、原油 (5%)。主な相手国は、スペイン(29%)、ドイツ(15%)、フランス(10%)。 2002年時点では、日本への輸出が1.7億ドル。主な品目は衣類(15%)、コンピュータ部品(15%)、コルク(11%)。日本が輸入するコルクの2/3はポルトガル産である。タングステンの輸入元としてはロシアについで2位。輸入が6.5億ドル。主な品目は乗用車 (20%)、トラック (10%)、自動車部品 (8%)である。 日経225 [編集] 交通 [編集] 道路 国内交通の中心は道路であり、リスボンとポルトを中心とした高速道路網が整備されている。原則として有料である(一部無料)。 主な高速道路は以下のとおり。 A1 リスボン - ポルト A2 アルマダ - アルガルヴェ地方 リスボン市へはテージョ川を4月25日橋で渡る。 A3 ポルト - スペイン・ガリシア地方国境方面 A4 ポルト - アマランテ A5 リスボン - カスカイス A6 マラテカ - スペイン・バダホス方面国境 国境にてマドリッド方面のA-5に接続。 [編集] 鉄道 ポルトガル鉄道(CP) リスボンメトロ リスボン市 ポルトメトロ ポルト都市圏 [編集] 航空機 リスボン、ポルト、ファロが主な国際空港。またこれらの空港から、マデイラ諸島やアソーレス諸島などの離島への路線も出ている。 [編集] 軍事 詳細はポルトガル軍を参照 ポルトガルの軍隊は、正式にはポルトガル国軍(Forcas Armadas Portuguesas、FAP)と呼ばれる。 2005年時点で、ポルトガル陸軍22,400人、ポルトガル海軍14,104人、ポルトガル空軍8,900人。他に準軍事組織として共和国国家親衛隊(Guarda Nacional Republicana、GNR)6個「旅団」(儀仗任務、地方警察、交通警察、税関を担当)を擁している。 2004年11月に徴兵制が廃止され、志願兵制度が導入された。 [編集] 国民 詳細はポルトガルの国民を参照 外為 ポルトガル語圏諸国を表す地図 ジェロニモス修道院 コインブラ大学ポルトガルの国民の大部分はポルトガル人である。ポルトガル人は先住民であったイベリア人に、ケルト人、ラテン人、ゲルマン人(西ゴート族、スエビ族、ブーリ族)、ユダヤ人、ムーア人(大多数はベルベル人で一部はアラブ人)が混血した民族である。 かつてポルトガルは移民送出国であり、特にサンパウロ州でのコーヒー栽培のために、奴隷に代わる労働力を欲していたブラジルには1881年から1931年までの期間にかけて実に185万人が移住した。ブラジル以外にもベネスエラ、アルゼンチン、ウルグアイなどのラテンアメリカ諸国に多数のポルトガル人が移住した。また、アンゴラやモサンビークなど、アフリカのポルトガル植民地にも多くのポルトガル人が移住した。1960年代から1970年代にかけてはフランスやスイスなど、西ヨーロッパの先進諸国への移民が増えた。 しかし、1973年のオイル・ショックによる先進国での不況や、カーネーション革命による植民地の放棄により多くのポルトガル人が本国に帰国し、代わりにカナダ、アメリカ合衆国への移住が行われるようになった。 このように移民送出国だったポルトガルも、近年ではブラジルをはじめ、ウクライナ、ルーマニア、カーボ・ヴェルデ、アンゴラ、ロシア、ギニア・ビサウなど、旧植民地や東ヨーロッパからの移民が流入している。